はじめのひとりごと 二言目

お久しぶりです。はじめです。
暑い中、皆様いかがお過ごしですか。
私は海風の吹く田舎でクーラーもほとんどつけずに育ったせいか、
あまりクーラーの風が好きではありません。
ですが、上阪し近年の尋常でない暑さの前では
「ああ、クーラー最高…」
と苦手だったクーラーの風に易々と屈し、
夜は大変快適な室温を堪能しています。
そして、朝を迎え仕事に向かい、日中体が溶けるような暑さと戦った後に、
帰宅してクーラーの風を全身に浴びる…の繰り返し…。
冷えすぎないように28度設定にしていますが
クーラー無くして大阪の夏は乗り越えられないな、と日々感謝しています。
ありがとう、クーラー。
風が苦手なんて言ってすみませんでした。
 
 
さてクーラーの話からは少し逸れますが、夏といえば、
子供の頃テレビで度々「心霊特集」等の怖い話が放映され、
震えながら観ていた記憶があります。
何時の頃からでしょう、怖い話に耐性がついたのは。
真夜中に心霊特集のバラエティーや、
家族が留守にする家で夜中にホラー映画を一人で観ていたのが小学生の頃なので、
私の場合、へっちゃらになったのは恐らくそのあたりからでしょうか。
 
以降は「オバケ怖い」という感覚から、
様々な事件のニュースや経験等を経て「人間怖い」という感覚に変化しました。
あ…現役中は「“先方の諸事情”で原稿を落とす」ことが一番怖く、発刊日当日まで震えてました。
一部の人あるあるネタなので、詳細は割愛します。
 
大先輩の某先生が仰有るには、ホラー系の物書きの方々は、
大きく分けると、「実はホラー系が苦手」という方々と「耐性ついちゃったり、
元から平気」という方々に二分されるそうです。
そして、意外とホラーが苦手な方々は多いそうですが、
私の場合はどうやら後者のようです。
過去には事故物件に住んでいましたし、よくわからない体験も多々ありましたが、
感覚が麻痺しているのか「怖い」という感情はありませんでした。
 
時々、素直に「オバケ怖い!」と言える純粋なあの頃の気持ちに戻りたいと思う時がありますが、
年を重ねるにつれ、人は意識的にも、無意識的にも知識を蓄えてしまう生き物なのだから、
加齢による感情の変化も自然なことなのでまあ仕方ないな、と思い込むことで諦めました。
 
夏のこの時期、花火にお祭りにスイカにかき氷なんかもいいですが、
子供の頃のあの懐かしい感覚に浸るのも、たまには悪くないな、
と思いながらこのような原稿を書いています。
 
 
懐かしい感覚といえば、ふと今思い出した記憶がありました。
子供の頃のお話です。
私の故郷では、夏休みに小学校で父兄が子供達に怪談を聞かせ、
校舎を一周して出口でお菓子の掴み取りをした後にお泊まりする、
という謎のイベントがありました。
怪談を聞いた後は男女二人一組で校舎を一周します。
私とペアを組んだクラスメイトの男の子、K君は非常に活発な少年でした。
が、肝試しが苦手らしく、本気で一周どころか一歩も前に進みたくない、
と喚きだし、遂には大泣きするので、その場が微妙な空気になってしまいました。
興醒めしないように…と結果、私一人で校舎内を一周した記憶があります。
一周ついでに、忘れ物を離れにある教室から取って戻って来たところ、
何やら周りが騒がしくなりました。
私の通った小学校は生徒だけでなく、
地元の人なら誰でも知っている怪奇現象が起きることで有名な「スポット」となっており、
そのせいで立ち入り禁止になった場所もある学校でした。
そんな場所に一人で行って帰ってきたせいか、
私は一時、怪談界の某レジェンドの名前(フルネーム)をあだ名として付けられました。
名前が似ていた事と、一人平気な顔をして校舎をうろちょろしていたからでしょう。
当時は私もまだ恥じらいある少女でしたので、幾ら芸能人とはいえ、
レジェンドとはいえ、夏の風物詩の代名詞でもある偉大な御方とはいえ、
成人男性のあだ名をつけられ、いじられ、クラスメイトに笑われ、非常に恥ずかしい思いをしました。
正直、当時は腹立たしいよりも悲しい感情とやりきれない気持ちの方が強かったと記憶しています。
 
やりきれない気持ちの理由は単純です。
私にあだ名を付けてからかってきたのは、他でもなく散々肝試しに行きたくないと泣き喚いて、
その場の空気を変えた張本人のK君だったからです。
K君やクラスメイトに対して、私自身は反応しませんでした。
しかし、その後散々私を笑っていたはずのクラスメイト達がK君を卑怯者だと一斉に痛烈批判をし始めました。
更には、どさくさに紛れてお菓子の掴み取りをK君は辞退しろ!
という食いしん坊まで加勢することにより、K君が再び大泣きする、
という地獄絵図のような惨状を目の当たりにして「私は一体どないしたらええねん…」
と泣きたくなるような気持ちになったことを覚えています。
その後、重苦しい空気が辺り一面に漂う空間で、ちょっとした反省会が開かれ、
より一層、何とも言えない虚しい気持ちになりました。
しかし、翌日は皆で仲直りして、朝ご飯を自分達で炊いたり、
楽しく遊んで過ごした経験を思い出します。
 
色々ありましたが、クラスメイト皆が身を寄せあい、
大人から怖い話を聞いて一晩過ごす経験は、とても楽しかった思い出です。
 
八尾市でも子供達や親子が気軽に楽しめる怪談のイベント等があれば面白いのでは…
とふと懐かしさとともに思いました。
 
そんな、夏にまつわる個人的なお話でした。
お粗末様でした。

はじめのひとりごと

じょにー代表が以前、ブログで発言していた「文章」について。
少し私も触れたいと思います。
 
バイプレーヤーズ発足時、代表に声をかけられ、当ブログに参加させてもらう機会をいただきました。
 
最初の原稿を私は自ら「ボツ」にしました。
文章や、構成が小説原稿のままであることにとても違和感があったからです。
最近の小説一つをとっても、現役で執筆していた当時と今とでは違います。
「どのように違うのか」
を語り出すと時間が足りなくなるのでここでは割愛しますが、ブログと小説の文体は全くの別物です。
 
どちらが優れているという訳ではなく、文字を扱うジャンルが違うという事です。
そこでWeb用の文章にかえるべく、小説のジャンルをWeb小説をイメージした「マイルドホラー」というものに設定しました。
打ち合わせの際に、私は原稿の文章や構成全てをWeb用に変えようと思う事、投稿する小説原稿を紙媒体とは違う位置付けにしたい旨を伝え、何気なく出た言葉が「マイルドホラー」でした。
 
小説以外に、取材記事、エッセイも当ブログで執筆するようになりました。
ブログでの執筆はまだ始めたばかりですが、これからも色々な試みに挑戦してみたいと思います。
 
文章は誰でも簡単に書けます。
でも掘り下げたり、突き進めると奥が深いものです。
これからも、日々精進しつつ原点に立ち返るつもりで努力していきたいと思います。
 
最後は所信表明演説のようになってしまいましたが、これからもバイプレーヤーズを宜しくお願い致します。

ものづくり体験CAMP2019ーみせるばやお

この春休みは、ホンモノのものづくりに出会える。


3月21日(木)、3月22日(金)、リノアス八尾内にある、みせるばやおで行われたワークショップに出店され、以前バイプレーヤーズの取材をお受けいただいた株式会社平井製作所の代表取締役社長の平井隆之さんにインタビュー取材しました。
 
前回の記事は『プレス加工業がぽん酢を製造!?-平井製作所』をクリック
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八尾市河内山本のパン屋「koyomi」でクロワッサン2つ

はじめのひとりごと。

 
普段は、本ブログ上で不定期にマイルドホラーなるジャンルの小説を書いておりますが、
今回は初エッセイを投稿してみたいと思います。
 
最近は小説以外に、取材や記事作成にも携わるようになりました。
 
私は八尾市在住ですが、取材に出かけ実際に見たり、触れたり、
聞いたりする事で八尾市の新しい発見や再認識ができる機会が増えました。
とても感謝しています。
 
さて、少し前なのですが、休日に八尾市河内山本のパン屋「koyomi」さんへ
クロワッサンとクロワッサンショコラを求め、訪れました。
 
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やお若者OTS会議成果発表会


2月28日、八尾市の若者OTS会議の6チームが集結して平成29年度~30年度の活動報告、成果発表会の取材をしました。
(OTSとは、おもろい!たのしい!サイコー!の略)
 
開会は八尾市・田中誠太市長の挨拶で始まりました。

「平成29年~30年、2年に渡る取り組みをありがとうございます。
いつも楽しく企画してくれたことに感謝しています」とのこと。
 
市長の挨拶の後、八尾狩り、大人の運動会、神エイト、テンポやお、チャリっちゃお、Yao Re HOMEの計6チームの発表が行われました。
 
 
 
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